
慶喜、天璋院、龍馬も土方も写真を残してくれたのに、
西郷さんの写真は一枚も残ってないのだろう、そんなことを想うと西郷翁の生き方に通じるものを感じます。
あの頃は、写真を撮るのに1~2分間?じっとしていないと感光しなかったのか!?何れにしても写真に写る意思を持ってしないと、今の時代に尊顔を戴くことは出来ません。
最後まで熊本城を陥落させることが出来ず、その後の田原坂での大激戦や、大分、宮崎など各地で政府軍と戦いますが、薩軍はどんどん追い詰められていきました。
最終的に西郷さんは、日向で軍を解散し、薩摩軍幹部らは険しい山道を乗り越え、鹿児島に向かって引き返そうとしました。自らが生まれ育った鹿児島で最後の決戦を行い、死のうと考えたのでしょう。
西郷軍は、旧鶴丸城背後にそびえる城山で土塁を積み上げ、陣地を作り上げました。しかし、政府軍も、その城山を完全に包囲し集中攻撃しました。
そして、運命の明治10(1877)年9月24日。
西郷さんを筆頭とした薩軍幹部らは、本営の洞窟前に整列し、「前へ進んで死のう」と決意を固め、政府軍の集中砲火が雨のように飛び交う中、城山を降りて行ったのです。
西郷に付き従った人々は、政府軍の銃弾に倒れていきました。そして、とうとう西郷さんにも流れ弾が当たり、歩く力もありません。西郷さんは別府晋介に対し、
「晋どん、もうここいらでよか・・・」と言いました。
<「翔ぶが如く」の大河のあのシーンが蘇ってきます。>
別府はその西郷の言葉に「はい」と返事してうなずいて、涙を流しながら刀を抜き、
「ごめんやったもんせ~」と大きく叫んで、、、
西郷さんの首を落としました。
49歳の生涯の幕切れでした。
歴史のことになると、軽々しく書けないのですが、
今日が西郷さんの命日です。日本最後の内戦です。
2008-1877=131 明治維新が140年前の1868年 維新から10年間の歴史の英雄たちの苦悩が見えるようです。 新しい世の中はこうして多くの命の犠牲があるのですね!!
1877+140=2017
現代でも混乱が続くのでしょうか?
※余談ですが 大河ドラマは続く
2009年 天地人 上杉家の家老直江兼続
21世紀スペシャル大河ドラマ 坂の上の雲
2010年 龍馬伝
もう戦国と幕末維新しか出てこないでしょう!
でも、今日も、ウキウキさまで、最高の一日に♪♪
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