2009年6月6日土曜日

福澤諭吉

おはようございます(^^♪
わくわくさまで~す♪♪

昨日は福岡の用事のほかに、福澤諭吉展に行きましたよ(^^♪
皆さんがいつも財布に入れている、お札の肖像の元になった写真を見てきました。福澤先生のあの写真は56歳の頃のものだそうです、某とほぼ同じ年なんですね、、先生自身が一番気に入っている写真だそうです。今の日本を作った人の一人ですが、大分中津藩の下級武士から、なんと23歳で蘭学塾(慶応義塾の元)を開塾されたのです。
明治維新のときが33歳、桂小五郎と2つ違い、近藤局長と1つ、土方副長と同じ年です。
こんな日本ですから、このような福澤スピリッツが再び脚光を浴びています。「学問のすすめ」も再度読んでみるべきでしょうか、早稲田の大隈さんは3歳年下です。福澤先生を目標にお互い研鑽し合ってきた仲であることも、よくわかりましたよ♪♪
写真は、現在は慶応大の教授の竹中平蔵先生の講演も聴きました。「これからの日本」へのお考えをお聞きしました、すばらしいエネルギーを持っておられました。

今日もワクワクの一日が始まります♪♪
ありがとうございます♪♪

2009年6月5日金曜日

近江屋跡の碑

おはようございます(^^♪
わくわくさまで~す♪♪

昨日は参加13名で、楽しい食事をしました。温泉につかってから冷酒もいただきましたよ(^^♪
年に1度の食事会でした、ありがとうございました♪♪
写真は昨日の“彦根藩邸跡”から西に200メートルくらいでしょうかね!河原町通りの西側に、今はJTB!?旅行会社のシャッターの前に近江屋跡の碑が建っています。
慶応3年(1887)11月は毎日のように大事件が京都の街で起こっていました、龍馬と中岡慎太郎が襲われた日が15日伊東甲子太郎の油小路事件が18日です。
維新の前の年、今のように電話もメールもない時代に、京都の志士たちは“何かに突き動かされた”ように、エネルギーに引き寄せられて、時代の橋渡しをしてくれたのかもしれません(^_^)

今日もワクワクの一日が始まります♪♪
福岡へ行ってきます!

2009年6月4日木曜日

彦根藩邸跡

おはようございます(^^♪
わくわくさまで~す♪♪
今日は年に1度の店休日です、レクレーションとして、古湯温泉の大和屋さん食事会です。
社長の山口さんはイマテン店長のお客様です。今日はお迎えまで来ていただきます(^^♪
本庄店集合11時出発、医大通り店11時15分出発です。昼ですから、飲み過ぎないように行って来ます。温泉に入りましょう!タオル持参ですね(^^♪

三条小橋から、木屋町通りを下ると四条までの中間くらいでしょうか、彦根藩邸跡の碑が高瀬川沿いに立っています。この近くに多くの藩邸跡があるので、高瀬川は重要な交通の経路だったことがよくわかります。140年前当時の藩邸や高瀬川、街の様子が目に見えるようです♪♪
彦根藩主井伊家は,譜代の雄藩で度々幕政に参与しています、安政5(1858)年大老になった13代井伊直弼(1815~60)はあまりにも有名ですよね(^^♪

今日もワクワクの一日が始まります♪♪
楽しみましょう(^^)

2009年6月3日水曜日

桂小五郎像


おはようございます(^^♪
佐賀は小雨、一日中雨模様です。この2週間ほど忘れていたウォーキング再度はじめましょう、今日は県病院で定期健診にいってきます。
わくわくさまで~す♪♪

高瀬川沿いに上がっていくと、御池通りにぶつかります。信号を渡るとホテルオークラがあります、建物の西側に写真のような立派な桂さんの像がホテル内の建物の中に組み入れた形で立てられています、また長州藩邸の碑が見つからないのでしばらく探した記憶があります。ホテル南側の玄関付近の生垣の中に見つけました。
桂小五郎は有名ですが研究が足らないと思っています、尊王攘夷派の中心人物で、西郷さん、大久保さんとともに「維新の三傑」として並び称せられる近代国家の礎に生涯をかけた人物です(^^♪
維新にかけて木戸孝允として改名しながら維新への道を駆け上っていくのですね。

今日もワクワクの一日が始まります♪♪
ありがとうございます♪♪

2009年6月2日火曜日

大村益次郎遭難の跡

おはようございます(^^♪
少し曇りの佐賀です、爽やかの朝の始まりです♪♪

三条小橋を高瀬川沿いに上ると、佐久間象山の殉難之碑と並んで立てられている、大村益次郎の碑です。騎兵隊を指揮して桂小五郎の命を受け、戊辰戦争で長州藩兵を指揮し、勝利の立役者となった人物です。事実上の日本陸軍の創始者といわれています。
長州の研究はまだ進んでいませんのであまり書けませんが、西郷さんをまったく評価していなかったようで、薩摩藩の恨みをかって暗殺されたのでしょうか♪♪

さあ、いい気分で、充実した一日に(^^♪
ありがとうございます♪♪

2009年6月1日月曜日

吉村寅太郎寓居址

おはようございます(^^♪
わくわくさまで~す♪♪

三条小橋からすぐのところに、吉村寅太郎(1837~63)の寓居跡があります。
土佐藩出身の尊王攘夷派の志士で武市半平太の命で萩に赴き久坂玄瑞と会見しました。その後、久坂に感化されて文久2年(1862)に脱藩、土佐藩脱藩第一号だそうです、龍馬は武市と友人でしたが勤皇党とは距離を置き、独自の運動をしました。吉村寅太郎は27歳で倒れましたが、龍馬もかなり影響を受けた志士と想像します。

今日もワクワクの一日が始まります♪♪
わくわくさまで~す♪♪

2009年5月31日日曜日

三条小橋Ⅱ


今朝は16度、少し寒い感じの朝です、引き締まっていい朝です。
わくわくさまで、おはようございます(^^♪

高瀬川 三条小橋ですが、某はこの辺りは、幕末当時で日本で一番、時代の変化の舞台になったところだと思います。
各藩邸、脱藩の志士たちのことを思います。この地に出てきて活動をすることは、いつ斬られるかわからない日々を過ごし、次の時代の日本を夢見て、尊皇攘夷、佐幕活動に衝き動かされるエネルギーの真っ只中の志士たちの想いを!
1863年から1868,1869年までの京都を中心とした時代の研究を更に進めていこうと思います(^_^)

今日もワクワクの一日が始まります♪♪
ありがとうございます♪♪