元気に、明るくワクワクさまでおはよう(^0^)/
1868年、明治元年、蝦夷共和国が成立していたら、、
榎本武揚ら幕臣は、歴史的新しい変化を受け入れられない士族の集まる場所を提供して、国を作ろうとした。そのときロシアやアメリカから認められるところまでいっていたら、行き場所を失った武士の混乱が少しでも治まっていたら、、
榎本の人格や器の大きさは分からないが、発想と行動はよかった!函館はロシアや諸外国にとって、経済的にも軍事的にも重要な港になったはずだ。
土方も死なないで、函館で“新選組”Ⅲぐらいを作っていたらどうなっていただろ、おそらくその後起こった明治政府と各藩の対立のとき、歴史に大きく注目を浴びる国になっていただろう!
歴史だから言い切ってもいけないけれど、西南戦争の悲劇はもっと緩和されたかもしれない。
日露戦争に勝った頃から、おかしくなった日本政府と諸外国との間に立って、島国根性の緩和になったかもしれない、
五稜郭政府が50年以上続いていたら、太平洋戦争もなかったと思う。
と、想像したら楽しいけど、しっかり今の日本を受け入れ希望を持って
すみません、歴史のことだと入り込み過ぎて(^^♪
ワクワクさまの一日を(^^♪
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