
わくわくさまで、おはようございます(^^♪
今日も身体軽く、心も晴々♪♪
京都の着いた浪士組を新徳寺に集め、清川八郎が“本当の目的は将軍警護でなく、尊王攘夷の先鋒”にあると打ち上げたことに反対したのが、近藤、土方、芹沢さんら24人です。
清川は、残り二百名の手勢を得て、朝廷に建白書を願い出て幸運にも受理されたのです。
一方、京都残留組は壬生浪士(壬生浪)となり、3月12日に会津藩主松平容保のお預かりとなり、某はこの日を、“新選組”の元、壬生浪士誕生の日としています。
ほんとに、歴史はこうやって、人の判断でそこに集う物心のエネルギーで“渦巻く”展開をしていくのですね(T_T) 写真は新徳寺です。
今日もワクワクの一日が始まります♪♪
ありがとうございます♪♪
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